バスケスクール

【第6弾】熊本レッドベアーズ先輩インタビュー「周りの人たちに自分のできることを決めさせない」【アメリカ→カナダ留学】

2022年11月11日にカナダのアルゴマ大学を卒業し、帰国した中島采加さんにインタビューをしました。中学1年生の時に熊本レッドベアーズを訪れ、3年間楽しみました。中学3年生の時にトルネードJr.(シアトルキャンプ)に参加し、海外に行きたいという気持ちが芽生えたようです。高校2年生で進路を考えた時に「アメリカに行きたい!」と。それから、自分でアメリカの大学への留学の道を探し、奨学金をもらいアメリカのマーセッドカレッジに進学。その後、バスケットボールの結果が認められ、カナダのアルゴマ大学に編入しました。

それでは、中島采加さんのインタビュー動画と要約をご覧ください。

インタビュー要約

英語力を身につけるために留学したのではない

がっちゃん
がっちゃん
日本に帰ってきて何ヶ月になる?
采加
采加
8月に返ってきたので、2、3ヶ月ですね。
がっちゃん
がっちゃん
自己紹介を兼ねて、日本に帰ってきて、今、何をしているのかを話して下さい。
采加
采加
2022年の6月に卒業して、1ヶ月ほどカナダに滞在してホストファミリーとの時間を楽しんだり、チームメイトと、旅行をしたり、アメリカにいたときのお世話になった方たちに挨拶しに行って、8月に帰国してきました。
帰国してからは、ずっと就活をしていて、一昨日内定が決まりました。
がっちゃん
がっちゃん
いつからその会社で働き始めるの?
采加
采加
来年の4月からですが、その前に内定者インターンということで、来週くらいから始めます。
がっちゃん
がっちゃん
ちなみにどんな会社なの?
采加
采加
私はエンジニア職としてその会社に入り、インターネットサービスのプロダクトを作っていくという仕事です。
サービス立ち上げというところに入っていくので、コードを書いていくエンジニアの業務だけをするのではなくて、プロダクトの企画から入らせていただけるので、いろいろとやらせていただけるようです。
がっちゃん
がっちゃん
そういう仕事を選ぼうと思った理由ってあるの?
采加
采加
会社のミッションに共感していて、「世界中の人々を魅了する会社を創る」というもので、私自身も働く上で、楽しく、高い目標に向かってメンバー全員が向かっていく環境を求めていきたいと思ったからです。
それと、これまで留学をしたりして、家族やホストファミリー、コーチ、チームメイト、色んな人たちにお世話になってきたので、そういう人たちに恩返しをしたいというのがあって、世界中の人を幸せすることができるのがその会社だと思ったから選びました。
がっちゃん
がっちゃん
その会社って采加がアメリカやカナダに留学していて、英語力だったり、采加の武器が活用できそうな会社なの?
采加
采加
英語力に関しては、今後世界に展開していくというのもあって、活かされると思いますけど、留学を通して私自身英語力を身につけるために行ったんではなくて、、行動力だったり、適応力だったり、留学を通して身につけたものが、会社でも、どこでも通用する力を身につけられたかなと思います。

「アメリカに行くのが早いんじゃない?」って言われた

がっちゃん
がっちゃん
レッドベアーズに来たのは、小学生の頃?中学生の頃?
采加
采加
たぶん中学1年生のときだと思います。
がっちゃん
がっちゃん
レッドベアーズに来たきっかけというのは?
采加
采加
バスケのスキルをより上げるために、母がいろいろ探してくれて、見つけてくれたという感じです。
がっちゃん
がっちゃん
留学しようと思ったきっかけは?
采加
采加
トルネードJr.で実際にアメリカに行って、中学生ながらにアメリカ合ってるなって肌で感じて、その時にまたアメリカに来たいなという想いがあって、高校で進路を決める際にその想いがずっとあったというのと、高校生の時、「日本とアメリカをバスケでつなげる」ことを、やっていきたいなと感じていて、その時に辰巳さん(レッドベアーズコーチ)に「どうしたら良いですか?」って言ったら「アメリカに行くのが早いんじゃない?」って言われて、そういう言葉もありつつ、自分も行きたいという想いもあったので、留学しようと思いました。
がっちゃん
がっちゃん
中学3年生の時にアメリカに行ったんだっけ?
采加
采加
そうですね。中3の時に行きました。
がっちゃん
がっちゃん
中3の3月に行って、4月から高校生になって、高校3年間ずっとアメリカのことが頭にあった感じ?
采加
采加
高校では、普通に部活頑張っていて、高校2年の夏くらいに進路を考える時に「アメリカ行きたいな」って蘇ってきた感じですね。
がっちゃん
がっちゃん
トルネードJr.の思い出が1、2年後にバッと来たって感じ?
采加
采加
そうですね。

トルネードJr.の思い出
「ご飯をめっちゃ食べてた」

がっちゃん
がっちゃん
トルネードJr.の思い出は?
采加
采加
ご飯をめっちゃ食べてたってことですかね。笑
がっちゃん
がっちゃん
あははー。そうね!3X3のプロの飯島康夫選手と食べ比べしてたね。笑
康夫、「もう無理やー!」って言ってたね。
今も食べる?
采加
采加
いや、もう全然食べなくなりましたね。
がっちゃん
がっちゃん
アメリカやカナダに行くと、ご飯が豊富じゃん?
めっちゃ食べてた?
采加
采加
アメリカの時、食べすぎて太りました!
がっちゃん
がっちゃん
あと、采加は寝ないっていう印象があるんよ。
アメリカの車の移動多かったじゃん?
俺が運転してて、子どもたちはみんな寝てるんだよね。
ほのかが助手席に座って、その後ろに采加が座っていて。
みんな寝てるのに、後ろを振り返ると采加はいつも起きてた。

マーセッドカレッジ入学!
「目標はカルフォルニア州大会優勝!」

がっちゃん
がっちゃん
高校2年生くらいから留学のことを考え出して、マーセッドカレッジに留学するまで、どのような準備を整えていった?
采加
采加
自分自身どうやって留学をしていけばいいかわからなかったので、留学の斡旋会社を見つけて、そこでオンラインでいろいろと見に付けていくというカリキュラムに入って、実際に行くために必要だったのがTOEFLの点数で、点数さえクリアすれば提携している学校に行けるということだったので、点数を取るだけで、あとの手続きは、その会社に聞きながらやるという感じでしたね。
がっちゃん
がっちゃん
マーセッドカレッジ以外の候補ってあった?
采加
采加
アメリカだけでなくて、他国にも候補はありましたね。
がっちゃん
がっちゃん
その中で、マーセッドカレッジを選んだ理由は?
采加
采加
2年制大学で、学費の安さで選びました。
他のところは、授業料や生活費が高かったので。
がっちゃん
がっちゃん
準備中の困った事は?
采加
采加
アメリカの学生ビザですかね。
画面入力が大変で、、、
エージェントの人に確認しながらやりました。
がっちゃん
がっちゃん
マーセッドカレッジに入っての最初の印象は?
采加
采加
英語力が無く、話せないし、聞き取りもできなかったので、それをモロに感じました。
「全然聞き取れないわぁ」っていう。
まぁ、話せなくても、いろんな手段があるじゃないですか?トランスレーター使ったり。
話せなくてもなんとかなるなって印象ですね。笑
がっちゃん
がっちゃん
マーセッドカレッジの思い出は?
采加
采加
バスケの思い出が強くて、カルフォルニア州優勝を目指して、毎日頑張っていた。
きつい練習もあったんですけど、それを乗り越えられたこともチームメイトやコーチや家族の応援に恩返ししたいという思いが強かった。
がっちゃん
がっちゃん
チームの雰囲気はどんな感じだった?
采加
采加
練習でけっこう走らせられる。笑
レイチェル(レッドベアーズの先輩)からは「そんなに走らない。走るのは個人でやってる。後はチーム練習だよ」って。
でも、日本の練習並みに走らされるんですよ。笑
2往復を22秒でみんなで入らないともう一本ってのがあるんですよ。
エンドレスでずっとやってたり。
それは予想外でしたね。
それでもみんなでやり遂げるという、カルフォルニアで優勝を目指すというまとまったチームだったと思います。
がっちゃん
がっちゃん
日本ではきつい練習があるチームは先輩後輩がきびしいけど、アメリカはどうだった?
采加
采加
全く無いですね。上下関係などは無くて。

アルゴマ大学へ編入
「声をかけていただいた。カナダに行ってみたいと思った。」

がっちゃん
がっちゃん
2年マーセッドカレッジに行って、その後カナダのアルゴマ大学に編入したんだけど編入しようと思ったきっかけと、編入のやり方を聞きたいんだけど。
采加
采加
マーセッドカレッジ(コミュニティ・カレッジ)を卒業した後、4年制大学を卒業したいと思っていて、私の場合、バスケで声をかけて頂いて、海外の大学に行くことができたんですけど、もし、声がかからなくても、日本の大学に編入する手段はありました。
アルゴマ大学(カナダ)に編入した理由は、カルフォルニア州で3位という結果を残せた事もあって、アルゴマ大学だけではなく、アメリカの大学からも数校声をかけて頂いたんですけど、カナダに行ったことがなかったので、挑戦できるのであれば、行ってみたいなという思いがあって、選びました。
方法としては、コーチと連絡を取りながら進めていったという感じですね。
がっちゃん
がっちゃん
声がかかってくるんだ。
采加
采加
私個人にというより、私のコーチに連絡がきますね。
がっちゃん
がっちゃん
アルゴマ大学とマーセッドカレッジの違う点ってある?
バスケットのチームの雰囲気とか、学校の雰囲気とか。
采加
采加
授業の内容のレベルは上がったのかなと。
チームは、どちらも目標に向かって頑張るという、レベルの違いはあったんですけど、あまりそんなに変わってはいないのかなと思います。
がっちゃん
がっちゃん
カナダでも走らされた?笑
采加
采加
アメリカ(マーセッドカレッジ)の方がめちゃめちゃ走らされて、カナダ(アルゴマ大学)の方はあまりきつくない方でしたね。
がっちゃん
がっちゃん
コロナとかもあって、最後大変だったね。
采加
采加
そうですね。カナダに編入して2年目からコロナになったので、、
2年目は1年間試合はなかったですね。練習もあまりできなかったので。
がっちゃん
がっちゃん
その時のモチベーションは下がらなかった?
采加
采加
逆に楽しんだ!っていうのが近いんですけど。笑
ホストファミリーが湖の近くに別荘を持っていて、大学はオンラインだったので、そこにずっといて、満喫していました。

留学生活5年間
「主席で卒業!」

がっちゃん
がっちゃん
マーセッドカレッジ2年、アルゴマ3年、この5年間で大変だったことは?
采加
采加
1つ目が英語力。。。授業についていくのが大変だった。
徹夜して課題終わらせたり、テスト勉強だったり、大変でした。

2つ目が編入した際に単位を移行するのが1年分くらいしかできなくて、手続きとかが大変だった。

3つ目がバスケで、カナダに行ってからは、強いチームではなくて、今まで負け続ける経験が無かったので、それがきつかったです。
自分のできなささで、悔しい思いをしてたり。

がっちゃん
がっちゃん
そんな時の切り替え方法ってある?
采加
采加
もう、やるしか無いので、自分ができないこと、弱みを練習したり、強みをより伸ばしていく、、、
「やるだけやったらいいのかな」って思うタイプなので。
がっちゃん
がっちゃん
勉強が大変だったと言ってたけど、1年目、2年目はわかるけど、編入してからの4年目、5年目も大変だった?
采加
采加
編入してからは大丈夫でしたね。
レベルは上がっていくんですけど、グループワークでやっていく課題であったりが多かったので、そんなに大変ではなかったと思います。
がっちゃん
がっちゃん
卒業の時、賞をもらってなかった?
采加
采加
主席で卒業していましたね。
経済学部の中でのトップというだけです。
がっちゃん
がっちゃん
すごいじゃん!語学のハンデはあるわけたい。
その中で、課題とかクリアしていくわけだよね。

これからの未来

がっちゃん
がっちゃん
今後の未来。采加が思い描いているものを聞かせて下さい。
采加
采加
会社に入ってそこのミッションが「世界中の人々を魅了する」ということで、私自身もそのミッションを叶えたいと思っていますし、その世界を創れるようにやっていくことが私の目標ですね。
がっちゃん
がっちゃん
こんなことをしてミッションをクリアする!こんなことをしてみたい!っていうのはある?
采加
采加
自分が携わったプロダクトが世界中で使われる、みんなが知っているというのが、具体的なことなのかなと思っています。
みんなが使ってくれて、みんなが幸せになるサービスに関われたら良いなと思います。
組織自体も、やりがいのある組織を作っていくことが目標なので、事業と組織面で会社を作っていくことが目標ですね。

レッドベアーズの後輩たちへ
「自分の限界を自分で決めないこと」

がっちゃん
がっちゃん
最後にレッドベアーズ思い出。
采加
采加
5対5が楽しかった。
5対5の前にスキルを学べる。
私はただプレーしてたんですけど、こういうもらい方があるんだとか、こういった攻め方があるんだとかを知れたこと。
試合で使えたときは楽しかったです。
そういった、新しいスキルを学べたことは楽しかったです。
がっちゃん
がっちゃん
レッドベアーズの後輩たちに、メッセージをもらえたらなと思います。
采加
采加
1つ言えることは、「自分の限界を自分で決めないこと」かなと思います。
プラス、「周りの人たちに自分のできることを決めさせない」というか周りの声は気にしなくて良いと思っていて、理由としては自分も海外に出て、バスケして結果残して、カナダの大学からバスケットボールの奨学金をもらえて行けるなんて、あの時は想像もできなくて。
中学3年生の頃は、とりあえず留学できればいいやという気持ちでやっていて、バスケするとも決めて無くて、実際行ってみたら、本場の会場の雰囲気を見て、やってみたいと思って、自分実力ないからとか気にせず、やりたいことをやっていけたら、良いんじゃないかなと思います。
采加
采加
今も就職先で、どういった事業に関わりたいか?というところで、事業を任せられそうになったんですけど、話を聞く中で他の事業の方が「難しい」というのがあって、あえて私は「そこだからやっていきたい」と伝えて、、、自分自身まだわからないですよ。ビジネスを経験したことがないので。
そこで自分で限界を決めずにやったことで、そこに行って良かったと言えるようになりたいです。
がっちゃん
がっちゃん
英語ができない状態で、海外に出て、その5年後に、主席まで行ってるんだけん、想像できないよね。笑
采加
采加
想像できないですよね。笑
自分自身「難しい」方を選んでいくタイプなので、そっちの方が後悔しないのかなぁって。
もし、失敗しても、学べることもあるし、失敗は無いと思うタイプなので。
がっちゃん
がっちゃん
そのマインドは、いつ頃から?小学、中学、高校、大学、、、
采加
采加
いつ頃かは難しいんですけど、より強まったのは、留学してダメになっても這い上がる、続けていれば、失敗ではなくなると思っているので、英語ができない、喋れない、帰るではなくて、上達しようとすることで、結果変わってきていると思うので、留学でより強くなったかなと思いますね。
がっちゃん
がっちゃん
これからが楽しみだね。
これを聞いた子どもたちや保護者さんたちが、何かのきっかけになれば嬉しいな。
ということで、また30歳になった頃にインタビューをお願いします!
采加
采加
ホントですね!30歳でも!

まとめ

とてもエネルギーを感じるインタビューとなりました。
中学生時代の采加さんは、コツコツと黙々と練習に取り組む子でした。
1対1、2対2、3対3、5対5の対人練習になると、力強さを感じる子で、言葉数は多い方ではありませんでした。
そんな彼女が、中学生の時に、「シアトルのキャンプに行きたいです」と話してきたときは、正直驚きました。
熊本県で優勝するような中学校にいたので、春休みは進学先の強豪校の高校へ練習に行くと思っていたけれど、シアトルのキャンプに行くということで、進学先の高校は大丈夫かなぁと少し気になっていました。

そして、高校生の時「アメリカの大学に行きたい」と聞いたときも驚きました。
そして、もっと驚いたのが、自分でアメリカに行くための方法を調べ、お母さんに負担をかけまいと金銭的にも自分でどうにかできそうな道筋を立てていました。
高校卒業後は、その道筋にそって淡々と準備を進めている姿にただただ感心しました。

自分のやりたいことを、どうにかやっていく。
難しい壁にあたっても、やれることをやっていく。
中学生の時からその繰り返しで、どんどん大きくなる壁を乗り越えて行っている姿に僕がエネルギーを貰い続けています。

まだまだ、成長していくだろうと、彼女の未来を楽しみにしています。